年が明けたと思ったら早くも節分。
今年は3日が立春となっている。
時には春の気配がふっと横切ることもあるが〝いやいやまだ冬ですよ!〟と寒風到来もある。
2月は春が来る前の静かな雪と向き合う日々。
薪ストーブを焚き、所用のない日は家の中から外の雪景色を眺める贅沢な時間。
コロナ禍以来、仕事はオンラインでも可能になり、リアルでないと出来ないこと以外は在宅で無理なく出来るようになりました。
私も間もなく米寿を迎える年齢になり、振り返ってみると、あちこちぶつかりながらも〝何とかなる〟精神でかけ抜けてきたように思います。
それにはたくさんの人々の手助けと責任ある仕事があったからかも知れません。
「森信 三 一日一語」の中に〝心耳(じんじ)を澄ます〟と云う言葉があります。
「躁心(そうしん)日常の騒しい心」「浮気(浮ついた心)」「浅衷(せんちゅう)浅薄な心」「狭量(きょうりょう)偏って狭い心」では徳にに至ることが出来ない。
時には足を止めて心耳を澄ますと見えないものが見え、聞こえないものが聞こえてくる。
と云う様なことが書かれていました。
時には静謐(せいひつ)な時間を持ち、残された人生の生き方を悔いのないようにと思っています。
そして、〝人から受けた辛いことは、人にはしてはいけない〟
と母の背中が語っていました。
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