2022年5月29日日曜日

〝まんさく花 ♪ だより〟2022年 水無月

文字通り目に沁みる様な新緑の季節がめぐって来ました。

街路樹の花みずきも花を落とし、緑が日増しに色を濃くしています。

冷暖房も要らないこの僅かな日々が何とも快適で、浴室の小窓のブラインドを上げて、自然の光りの中で毎日朝風呂に入っています。

夫が腰を痛めた時に整形外科の先生からすすめられた朝風呂を。

コロナ禍で朝早起きして仕事に出掛けることもない今、朝寝坊の夫に代わって私が実践しています。

朝ラジオ体操の後、10分間浴槽で体を温め乍らふくらはぎをマッサージしたり、ずり落ちてきた贅肉や腕を広げたら飛べそうな二の腕のプラプラをつまんで5~6秒ゆらしてみたり、口の中で舌をぐるぐるまわして細胞が目覚めるのを待ちます。

年令と共に呼吸も浅くなるとのことなので深呼吸も効果的。

毎年新緑の頃に金華山参りをしていましたが、この二年程は行けなかったのでお札をお返し乍ら、弁財天様の日に合わせて行って来ました。

ご祈祷後、銭洗弁財天でザルの中に小銭を入れて、とうとうと流れている銭洗場で洗っていたら驚いたことに、若い女性がブランドの財布から1万円札を取り出し、ザル入れて洗い始めました。
錢洗弁財天 銭洗場

大きなお金の方が御利益があると思ってのことかぁ~と勝手に想像して見ていました。

帰り道そんな話をしているうちに、もしかしたら〝銭〟の意味が分からなかったのではないかと。

〝銭〟は小銭であることを。

濡れた1万円札に御利益あれ!!

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2022年5月1日日曜日

〝まんさく花 ♪ だより〟2022年 早月

お花見の名所、人気NO1の弘前城の桜を見に行ってきました。
弘前城

お堀に浮かぶ花筏

満開の桜の合間からのお岩木山

車が大好きだった愛犬(ハスキー犬)と三人暮らしの頃は、桜前線を追って毎年お花見をしたものです。
ハスキーの愛犬【舞蘭】

糖尿病で目が見えなくなり、人間と同じインスリンを注射し乍ら夫の腕の中で14歳の生涯を終えてから15年。

いつも夫と私の間にいて事実上蝶番の役目をしてくれていた様です。

あれから一度もお花見をした記憶はありません。

今回は一生分位、沢山の桜を見て帰り道に、小京都と云われる角館武家屋敷のしだれ桜の下を二人で人力車に乗り、車夫の大澤さんから詳しい歴史をお聞きしての有意義な旅でした。

もうすでに〝来年でいいから・・・・〟と云っている年令ではないので、とにかく自分の足で歩けるうちにとの思いに急き立てられています。

洋裁の内職をしながらの専業主婦だった私が、50代半ばにして自立せざるを得なくなってから30年の月日が流れ、決してあっ!と云う間ではなくトータルで考えると苦しい時間の方が多かったかも知れません。

でも苦しいことが〝10〟あったら、嬉しいことが〝1〟で帳消しになります。

だから肩肘を張って強いふりをし乍ら生きて来れたのかなと思います。

貧血と便秘でとり入れたミキプルーンが、人に健康を与えるビジネスとなり、多勢の人々との出会いによって助けて頂き乍ら、現在も仕事が出来ることに感謝の日々です。

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2022年3月28日月曜日

〝まんさく花 ♪ だより〟2022年 卯月

新幹線福島駅のホームから西を見ると、吾妻小富士と言う富士山の小型の様な山が見えます。

春になり雪が溶け始まると、徐々に雪うさぎの様な形が現れまれ、昔からその時期になると農家の方達は土を耕し、種を蒔く準備をします。

俗に〝種まきうさぎと〟呼ばれています。
雪うさぎ

今年は寒暖の差が激しく、時期はずれの雪が降ったりしたせいで未だに全体が真白く雪を被っています。

三寒四温を繰り返し乍ら、次の出番を待つ桜の季節に入でって行くのでしょう 。

先日、一足早く咲く河津桜のニュースを見るなり、それっ!とばかりに神奈川県松田町山の山一面の見事な桜と菜の花を見に行ってきました。
神奈川県松田町 河津桜

桜と言えば川の土手に植えてあるものと思い込んでいたのに、延々と急な山道を登らなければならない所で、夫の腕にしがみつき乍ら何とか頂上に辿り着きました。

下りは下りで膝から下がガクガクプルプルでやっとの思いでシャトルバスに乗りホットしたものの、シャトルバスの駐車場は河川敷で砂ぼこりが舞い上がり、まるで砂漠のラリー車の如く車全体がきなこ餅状態。

翌日は長野を経由して善光寺をお詣りし、何度も訪れていながら初めての胎内くぐりを体験し、真っ暗な中を手さぐりで。
長野 善光寺

人がこの世に生を受ける前の胎内がまさしくこれかと思わせるひとときでした。

この様にして生を受けたのは奇跡であることに感謝ですね。

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2022年2月28日月曜日

〝まんさく花 ♪ だより〟2022年 弥生

大雪もこれで終わりかと思っていた矢先、更に2日間続いたドカ雪との格闘で体のあちこちの痛みもMAX。

漸く腰の痛みもとれた夫が軽トラに雪を積んで畑との往復を数回してくれたことでやっと地面が見える様になりました。

畑に投雪

ただ庭の雪は当分消えそうにありません。

今迄にない異常気象で、これからもどんな異変が起こるのだろうかと思い乍ら春を待っています。

最近、心が痛む事件が多い中で、特に子供への虐待が昂じて命を奪ってしまうことが報じられると、〝国の宝〟である子供なのにどうして・・・・・と悲しくなります。

後で分かることが、自分も子供の頃に虐待を受けて育てられたこと。

親になった時に反面教師で子供をとても可愛がるか、ちょっとしたことでも自分の思う様にならないと、暴力を振るったり暴言を浴びせられるかで、子供はどんな大人になるか決まるのではないでしょうか。

家庭は小宇宙と言われる言葉があるのですから、納得のいく話し合いが出来る家族は幸せで思いやりも培われます。

ロシアとウクライナもどうして武力で戰わなければならないのでしょうか?

多くの犠牲者を出しながら平和を願うばかりです。


     人生には不幸を通ってくる幸福がある様に

          落葉のかなたには春の芽生えが待っている。

                ー 筆曲家 宮城 道雄 ー 

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2022年2月3日木曜日

〝まんさく花 ♪ だより〟2022年(令和4年) 如月

例年になく降り続いたドカ雪は、まだまだ溶けそうにもないと庭に目をやると、木の根元のまわりからは黒い土が顔を出しています。

土の中は根を温めて守っているのでしょうか。

この地の居を構えて50年余り、初めて雪かきのブルトーザーが入りました。

50年前は多勢の子供で賑わっていた、町内も今では高齢の一人暮らしや、老々介護の二人住まいとなって雪かきは重労働。

腰を痛める人が続出している様です。

我が家の夫も今までは症状として出ていなかった〝すべり症〟が雪かきが引き金となって、お正月早々病院通いしていますが、治療方法もなくガマンして痛みが引くのを待つしかないと言われ、8日間程那須のホテルで温泉療法を試みてみました。

その様子はこちら

ホテルロビー

痛みは完全にとれてはいないものゝ、かなりの快復力です。

付き添いの私は、会議もオンラインで仕事に支障もなく、ロビーで新聞を読んだり、少しづつ良くなっている夫と人間ウオッチングしたりと、退屈することもなく8日間はたちまちでした。

学校閉鎖なのでしょうか若い家族づれが多く、何となく眺めて思うことは親も子もファッショナブルだなぁ~と。

自分が子育てしていた頃の事を思いだします。

今程、物は豊富ではなかったせいもあって、子供達の衣服は縫ったり、編んだりの手作りでした。

時の流れをしみじみ感じ乍ら、いつの世も子供は可愛いゝなぁと。

我々高齢者は子供の成れの果てですけれどね。

まあ、頑張りましょう!!

2022年1月13日木曜日

〝まんさく花 ♪ だより〟2022年(令和4年) 睦月

あけましておめでとうございます。

福島は大雪に見舞われた新年の幕開けとなりました。


近年にない程の積雪で、頼りの薪ストーブの薪小屋との導線を塞がれ、石油ストーブ3台で寒さを凌いでいます。

コロナも収束しそうでしなそうもないまヽ新年を迎えましたが、皆様は一年の計は決まりましたか。

コロナ禍がこれ程永く続いていると、何処に目標を定めてら良いのか迷ってしまいます。

昨年12月に毎年行われるある朗読会に「幸福」と云うタイトルがありました。

誰しもが求める〝しあわせ〟はそれぞれの環境で尺度が違うのではないだろうかと、考えさせられました。

生まれ乍らにして幸せな環境に置かれた人はそれが当たり前で、特別幸せとは感じないのではないか。とか、どん底を味わった人は努力して、ちょっとの光りが見えただけで〝シアワセ〟と感じる事でしょう。

しかし、人は欲のかたまりと云うように、更に自分の幸せだけを追い求めてしまいがちです。

もしかして、誰かを犠牲ににして成り立っている〝しあわせ〟であるかも知れません。

真の幸せとは、利己的なものではなく、利他的に人の幸せを優先し、それを見て幸せを感じる。

〝そんな神様みたいなこと 〟と思うかも知れませんが、そういう人に神様は〝しあわせ〟の光りを注いでくれると云われます。

神様は見ています。

  「今年もよろしくお願いします」

2021年12月2日木曜日

〝まんさく花 ♪ だより〟2021年(令和3年)12月

 吾妻山も本格的な雪化粧となり、遠くに見える蔵王連峰は最早真っ白に輝いています。

朝焼けで赤く染まった(吾妻小富士)

我が家の日当たりの悪い庭内は、最後の色どりを楽しませてくれる満天星(ドウダンツツジ)が真っ赤になりきれずに赤・黄・橙・そして少しの緑と、グラデーションの如くひとひら、ふたひらと葉を落としている最中です。

満天星(ドウダンツツジ)

それはそれで又美しく、あんな色のセーターが欲しいぁと思ったりしています。

その隣には赤い実を付けた南天が、この二年程飾れなかった〝福島食育の会〟を心待ちにしているかの様に大きく成長しています。

第6波が来ないこと祈って、新年1月13日から始動することになりました。

無論コロナ対策をしっかりした上で。

今年も最後の〝花だより〟となりました。

皆様はどんなことが心に残りましたか?

私はコロナ・コロナで困ったね~と言い乍ら、いつもより本とは拘わってきた様に思います。

あちこちに本を置きながら乱読しているので、一瞬つながりが分からなくなってしまったりいますが、国分先生のご推薦の「致知」の9月号特集「言葉の力」の冒頭の文章に〝花の命の元は水・人間の命の元は美しい言葉である〟とありました。

時に人を傷つけるのも言葉、人を輝かせるのも言葉。

魔法使いみたいですね。

今年一年お読み頂きありがとうございました。

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2021年10月31日日曜日

〝まんさく花 ♪ だより〟2021年(令和3年)11月

庭の花も次々と役目を終えて、淋しくなった頃に毎年車輪梅が花を咲かせてくれます。

車輪梅

暇にまかせてスマホでその由来を調べてみました。


バラ科の植物で枝の分岐する様子が車輪のスポークのようで、梅の花に似ているから。

次に花言葉が出てきて「そよ風のここちよさ」夏でも秋でもないのに爽やかな風を意味しているのかな?と、そして「愛の告白」と「純真」の3つ。

愛の告白をする時は一点の曇りもない〝純真〟な心でした筈ですね。

〝愛〟って何ですか?の問いに東洋思想家の境野勝悟先生がこう答えておられます。

〝それは感謝と思いやりだ〟と。

そして、しかし結婚すると愛は3ヶ月で消える。

3年なんか絶対に持たない。

愛することは誰にでも できる。

大切なのは愛することではない。

愛し続けることだ。

それが本当の愛なんだ と。

愛と言う字は心の下の部分「夂」は足跡を意味し、愛とは歩き続けることです。

愛、即ち感謝と思いやりを持ち続けている人は、幸せな人生を送ることができると言うことです。

そして言葉は人間だけに与えれれたもの。

愛語を惜しまず心から言葉にしたいものですね。

特に忘れがちな身近な人へと。

一本の車輪梅から生き方を教えられた一日でした。


ありがとう!!

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2021年10月6日水曜日

〝まんさく花 ♪ だより〟2021年(令和3年)10月

 例年より早い柿の色づきに、高所恐怖症の夫が脚立に乗ったり屋根に登ったりして、2日間に渡り柿の実を穫り終えました。


50年来の柿の木は毎年沢山の実をつけてくれますが、年々大変な作業になってきている様で、今年は思いっきり剪定した様です。


来年は恐らく実は成らないでしょう。

年令と共に暮らし方も変え、自分の身の丈に合った生活が幸せな人生へとつながるのかも知れません。

人生100年時代とは言え、人生の終わりに順序はありません。

自立して生きられる日々を数えたら、今まで生きて来た年数の何分の一かと思います。

常々、こんなことを考え乍ら送っていた日々、元古川商業高等学校女子バレー部監督で全国優勝10回を成し遂げられた【国分秀男先生】からの御著書が届きました。

先生の集大成に =私の遺言書= とのサブタイトルがあり興味深く拝読させて頂きました。

先生は大変な読書家でいらっしゃることは承知しておりましたが、沢山の方々との出会いから『聴く力』を得られ、更に先生のお人柄の素晴らしさを感じさせて頂きました。

コロナが収束した折には又、先生のご講演を楽しみにお待ちしたいと思っております。

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2021年8月2日月曜日

〝まんさく花 ♪ だより〟2021年(令和3年)8月

 庭の雑草が勢いよく伸びるのを横目で見な乍ら、梅雨明け宣言と同時に強い日差しに夏本番を感じます。

家に居る時間が多い今、毎日一ヵ所づつと決めて片付けをしています。

使っても居ないものを次々と思い切り処分した後の爽快さを味わいながら。

もう何が入っているかわからない小さな引き出しの中から臍の緒が3個。

2個は息子達のもので、茶色くなった和紙に包まれたものを開いてみたら、私が生まれた時に神棚に貼ったと思われる命名の紙に包まれた臍の緒が、そのままの形で綿に包まれてありました。


まさしく84年半前のものです。

4人目の娘でした。

母は若い衆を大勢抱えた大世帯の切りもりをしながらの子育てで、子供を抱きしめている間もない生活でした。

それでも母からは誰にでも平らな包容力と芯の強さを感じていました。

たった2人だけの子育てさえ、これで良かったのだろうかと今だに思います。

〝ありがとう〟と〝ごめんなさい〟を言える素直な子であればと・・・。

悪いと分かってもなかなか謝れない子には、しっかり抱きしめて話をするだけで〝ごめんなさい〟と泣き乍らしがみついて来たものです。

孫が小さい頃、人前でぐずると孫を抱いて席をはずした息子が孫に語りかけているのを遠くで見ていて、抱きしめられることで素直な心と愛が育まれて行くものなのだと。

大谷 翔平選手は愛をたくさん与えられたのでしょうね。

     

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