2025年4月9日水曜日

〝まんさく花 ♪ だより〟2025年 4月

 〝米寿〟お米は田植えの準備から始まり、収穫までに88回の手をかけて漸く米になるとか。

先人から聞いたことがあります。

人も88才になるまでには多くの試練を乗りこえて、米寿を迎えることになります。

私は戦前に産まれ戦中・戦後を体験して88才の誕生日を迎えました。

まわりの皆様からのメッセージや素晴らしいお花を頂き、殊更嬉しかったのは、2ヶ月に一度のオンラインビデオセミナーの日が、たまたま3月10日になり私の誕生日でした。

誰もご存知ないだろうと思っていたのに、当日、お花やバースディケーキ・ご飯・お漬物まで用意して下さって、思いがけず嬉しい嬉しいサプライズでした。

四月は新社会人としてのスタートの時期。

各企業の入社式がテレビで報道されています。

社会に出て、どれだけの人が若い力を発揮する忍耐力を持ち合わせていることかと、要らぬ心配をしながらテレビを見ています。

昔は〝出る杭〟は即、叩かれました。

現在は〝出る杭〟を伸ばすための試行錯誤が企業側の課題の様です。

時の流れを感じながら、若い力が発揮出来る世になることを祈っています。

2025年3月5日水曜日

〝まんさく花 ♪ だより〟2025年 3月

 日当たりの悪い我が家の庭もすっかり雪も消え、今日は気温が17℃になるとか。

あまりの寒暖差に追いつけない高齢者は、ちょっとした体調の変化に病院にかけ込むことになる。

その上、老いも若きも花粉症や黄砂に悩まされるこの時期は、免疫力の低下によるものだとか。

生活習慣を見直してみても、食材の高騰で満足のいく食生活はかなり難しい。

確かに異常気象で生産農家も、ロスが多くて採算が合わないらしく、そこにも高騰の原因があるのでしょう。

こんな時には、ミキの栄養補助食品の活用で助けられます。

現在、異常気象だけではなく、世界中がざわついています。

宇宙の推理を長年研究されている理学博士の 佐治 晴夫先生のお話によると、138億年前のビッグバンの残り火の限りなくまばゆい一粒の物質から枝分れして、宇宙は生まれたそうです。

そこからの結論として、私達は自然界のすべてを含めてお互いが独立した存在ではなく、それぞれが相互依存であることです。

相互関係に思いを馳せる時、湧き上がってくるのが感謝と悔い改めの心です。

「ありがとう」「おかげ様」「お互いさま」「ごめんなさい」の四つの言葉が混乱する現在の社会を救うキーワードになるのでしょう。

とのことです。

☆ 小宇宙の家庭の中でも大切な言葉ですね。

2025年2月9日日曜日

〝まんさく花 ♪ だより〟2025年 2月

年が明けたと思ったら早くも節分。

今年は3日が立春となっている。

時には春の気配がふっと横切ることもあるが〝いやいやまだ冬ですよ!〟と寒風到来もある。

2月は春が来る前の静かな雪と向き合う日々。

薪ストーブを焚き、所用のない日は家の中から外の雪景色を眺める贅沢な時間。

コロナ禍以来、仕事はオンラインでも可能になり、リアルでないと出来ないこと以外は在宅で無理なく出来るようになりました。

私も間もなく米寿を迎える年齢になり、振り返ってみると、あちこちぶつかりながらも〝何とかなる〟精神でかけ抜けてきたように思います。

それにはたくさんの人々の手助けと責任ある仕事があったからかも知れません。

「森信 三 一日一語」の中に〝心耳(じんじ)を澄ます〟と云う言葉があります。

「躁心(そうしん)日常の騒しい心」「浮気(浮ついた心)」「浅衷(せんちゅう)浅薄な心」「狭量(きょうりょう)偏って狭い心」では徳にに至ることが出来ない。

時には足を止めて心耳を澄ますと見えないものが見え、聞こえないものが聞こえてくる。

と云う様なことが書かれていました。

時には静謐(せいひつ)な時間を持ち、残された人生の生き方を悔いのないようにと思っています。

そして、〝人から受けた辛いことは、人にはしてはいけない〟

と母の背中が語っていました。

2025年1月1日水曜日

〝まんさく花 ♪ だより〟2025年 1月

 

少しずつ夜明けが早くなり、日没時もまわりの夕焼けが僅かに楽しめるようになりました。

昨年のクリスマスのオーナメントの代わりに、お正月の飾りと庭の赤い実を付けた南天を添えて新年を迎えました。

それだけでも心が新たになるものですね。

慌ただしく過ごした暮れからお正月にかけては、何処の家庭でも帰郷する家族で賑わう事でしょう。

我が家では二人の息子が結婚する時に申し渡しました。

大変な思いをして折角の休みをそれに費やすことないし、私も仕事から解放されてゆっくり休みたいので、日を改めて来るようにと。

四人の孫達もそれぞれ成人になっている今、自分達のお正月スタイルを作って欲しいと思っています。

昨年の12月に「ミキエクセランド2024」に参加するため、新幹線から乗り継ぎ桜木町に行く途中、人混みの中、迷い乍らようやく電車に乗り込み、ホットしていたら席に座ってスマホをいじっていた青年が即、立ち上がってどうぞと席をあけてくれました。

〝ありがとうございます〟と、ご厚意に感謝すると同時に、孫ぐらいの青年からみれは老人に見えるのは当然のこと、と思い乍らその青年の優しさに、生い立ちまで見える気がしたひとときでした。

   今年もどうぞ宜しくお願い致します。

2024年12月3日火曜日

〝まんさく花 ♪ だより〟2024年 12月(師走)

異常気象のせいでしょうか 、今年3月の誕生日に頂いた胡蝶蘭が散り終わった後に、手入れの仕方も分からないままベランダに出しておいたところ、3株の一つが青々として茎から枝分けれし、花芽を持ち1輪づつ咲き、今では8輪が大きく花開き、あと2個が蕾で膨らんでいます。


そして春に咲くはずの車輪梅も次々と花を咲かせ、これからの厳しい冬を過ごせるのかと心配しています。

おまけ 我が家の庭にある一本のモミジが真っ赤に色づいています

今年もカレンダーが1枚を残すことになりました。

皆様のこの一年は如何でしたか?

あらもこれもと思い乍ら達成できなかったことが如何に多いことか。

しなければならないことが半分、今までやりたいと思っていたことが半分。

それでもめげずにプランだけは立ててみるのです。

出来なかったことは翌年に持ち越し、それが生きる力にもなるかと親指を立ててOKサインを自分に出しています。

「壁シリーズ」を出されている【和田秀樹】先生のメッセージに、80才は本格的に老人になる境目です。

〝老い〟と闘うのではなく〝老い〟を受け入れて、残っている機能をうまく使って生活し、閉じこもらないでしっかり食べて動いて喋る。

車の運転もし、好きなことをして嫌いなことはしない。

それが〝幸齢者〟です、とのことです。

これが理想ですね。

今年一年「花だより」をお読み頂きありがとうございました。

どうぞ良いお年をお迎え下さいませ。

2024年11月2日土曜日

〝まんさく花 ♪ だより〟2024年 霜月

いつもなら10月は衣替えの時期なのに、さてと夏物と秋冬物の入れ替えに戸惑っています

その日によっては慌ててセーターを出してみたりと異常気象に振りまわされている状態です。

毎年二階の洋服ダンスと階下のクローゼットの入れ替えをする度に、着なかったものの移動が如何に多いか。

思い切って処分したらどんなにスッキリするのであろうかと分かっていながら又、しまい込んでしまう同じ繰り返しです。

終活を何処から始めようかと、先ずは不要なものの最たる和服からと思い、出してはみたものの、母が誂(あつら)えてくれた仕付けをしたままの着物ばかりで、処分するには心が痛み、再びタンスのこやしとなってしまいます。



今年の敬老の日の朝日新聞のコラムに、文豪 【武者小路 実篤】の言葉が載っていた。

終のすみかと定めた自宅で、つぶやくように書いている。

「私も、もうじき85才なる。よくも生きていたものと思う。生きていることは嬉しいものだ。死ぬことは嫌なものだ。」

しかし、米寿を過ぎた頃からは耳も遠くなり、手の震えも目立ったと云う。

それでも創作活動を続け、死去の半年前こう記している。

「私はまだ生きている。本気になって生きている。嘘をついて生きてみたいとは思わない。真から本気になって生きてみたい。」

何の飾りもない直球の言葉からは死への厳粛な感情がじわりと伝わってくる。

人は遅かれ早かれ死を迎えます。

悔いのない生き方をしたいものです。 

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2024年9月9日月曜日

〝まんさく花 ♪ だより〟2024年 長月

いつになったら夏が終わりを告げるのか、それでも直下の太陽が傾くにつれ家の中まで日差しが入り込む様になりました。

夜には虫の音も聞こえるのに 、見上げる空にはまだ雷雲が居座っています。パリオリンピックも終わり、ネット上ではSNSでの誹謗中傷が後を断ちません。


勝負にミスはつきもの。

懸命に全てを犠牲にして努力をしてきてもミスをするのが人間。

自分の身に置き換えたら?出来るのかなぁ~と思って欲しいものです。

或るエッセイストのコラムに「ギブ&テイク」と云う言葉がありました。

人物分類すると、ギブは「ギバー」自分を犠牲にしても他者のために行動する。

惜しみなく与える人。

テイクは「テイバー」与えるより奪い、自分の利益を優先させる人。

そして自己顕示欲が強く、自分はいつも悪くない。

相手の話を横取りする。

しかし、その自覚もない。

さてはて自分は?〝人の不幸は蜜の味〟との諺通り、幸せな人を見ると壊したくなると云う人もいる。

しかし、それをして自分が幸せになるとは限らない。

必ず何らかの形でツケがまわってくるとのこと。

心中の鬼を追い出さない限り、

一度しかない人生、ケチケチのデイバーより、幸せを分け合うギバーでありたいものですね。

      千田 是也氏の言葉  ー軽く楽しく 一生懸命にー。

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2024年8月6日火曜日

〝まんさく花 ♪ だより〟2024年 葉月

 梅雨明け宣言が出ないまま、連日の猛暑が続いています。

庭の紫陽花も忽ち枯れて、変化を楽しむこともないまま終わりそうです。

それにしても雑草はどんな環境の中でも勢いよく根を張り、存在を表します。

〝雑草の如く〟との言葉通り、人の手を借りなくても邪魔にされて刈りとられても負けずに生えてくる強さ。

奇しくも、今パリオリンピックの最中で、勝った喜び、負けた悔しさ、悲喜こもごもの姿がテレビに映し出されます。

幼少の頃から、それぞれに憧れたその道一筋に練習を重ね、オリンピックに辿り着いていることでしょう。

生まれ持った才能があっても、努力の上には立てないと云います。

スポーツ界のみならず、仕事においてもおなじこと。

元野球監督の野村克也さんは、父を知らずに育ち、病を持つ母を抱え、かなりのプレッシャーから這い上がった人だとか。

今の日本は、プレッシャーはストレスの原因となり、悪とみなす傾向にあり、〝ゆる~い職場〟であるため、人離れ現象が起きているらしい。

しかし、アメリカでは、ストレスを上手に活用すれば、どんな分野でも人間的成長にプラスに働くと受けて止められている様です。

今日も、若いオリンピアンがメダルを手にして〝まわりの皆さんのおかげです〟との感謝の言葉を聞くと心が温まります。

その気持ちを忘れずにと祈ります。

      ~素直な心は最大の宝物~

            「暑中お見舞い申しあげます」

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2024年7月8日月曜日

〝まんさく花 ♪ だより〟2024年 文月

「生きることは食べること」誰もが分かっている生きるための基本。

一人暮らしを始めて2ヶ月の孫息子は、どんな食生活をしているのかと要らぬ心配をしていた。

親がいるのだからと思い乍らも。

スーパーに行けばすぐに食べられる美味しそうなお惣菜が並び、お湯を注げば簡単に出来上がるカップ食品。

冷凍食品もハサミと電子レンジがあればOK!

今、若い夫婦が新築した家には台所がないと聞いて驚いている。

野菜はカットしてあるもの。

カット野菜は鮮度を保つため薬品を使っているらしい。

そんな心配をよそに、孫はちゃんと自炊をしているとか。

カレーを作ったら2日間食べて、その時刻んでおいた材料で次に肉ジャガを作っているとのこと。

しかし2品作るのがやっとで、〝お母さんは仕事から帰って来てよくあれだけ作れたね~〟と親の大変さも実感している様だ。

それを聞いた夫は孫に野菜を送ろうと畑に収穫に向かった。
新タマネギ

新ジャガイモ

男女平等を揚げられて久しい現在、家事は女がするものと云う概念はかなりなくなっている様ではあるけれど、男女共に生きるための食事作りは共有して欲しいと思うのです。

パートナーには〝料理の出来る人ではなく、料理を好きな人〟を選んでくれたら、未来も明るいかなぁ~と思っています。

これも老婆心かな?

そうです、正真正銘その通りです。

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2024年6月2日日曜日

〝まんさく花 ♪ だより〟2024年 水無月

 新緑の美しさは他に例えようがない。

風に揺られる新緑の爽やかさはこの季節でこそ味わえるもの。
福島県猪苗代【達沢の滝】

街路樹の花水木もあっと云う間に緑一色になり、緑の中に身を委ねると心身共に癒やされ自然界の営みの素晴らしさをしみじみと感じます。

今、突然ふっと思うと。

64歳で旅立った母のこと。

戦中、戦後の食糧難時代に家族と若い衆の食事のために毎日の様に農家に足を運んでは調達し、父の晩酌お酒も欠かさず用意していた。

普段無口な父はお酒を飲むと母を怒鳴り散らし、うっぷんを母にぶつけていた。

今思うと父は大きな仕事をしている割にはかなりの小心者だったのだろうと・・・・・。

母は「当り鉢」の生涯だった。

母の日になると脳裏に浮かぶのは、母の誕生日さえ知らない。

温泉旅行など一度も連れて行ったこともない。

しかし、愚痴ひとつ言わずにいつも穏やかで芯の強い人。が、ガンに侵され苦しみながらこの世を去って行った。

一度位、悔しさを思いっきり吐き出させてあげたかった。

それが心残りです。

でも神様は必ず帳尻を合わせて下さると聞いています。

父の晩年は決して幸せとは云えず寂しい逝き方でした。

せめて天国では母を労ってあげて欲しい。

出来ることならこの爽やかな緑を愛でる幸せな日を母に贈りたいものです。